オリブロ

オーストラリア在住、2人の子供のシングルママ。

朝夫が私に「攻撃されてるのでは無い、という思いを前提に俺の話をきくべきだ」と言ってきたこと

今朝、子供達と話をちょっとした後、着替えておいでと言って子供達が部屋に行った時。

夫が「君は僕が話す事を、いじわるで言ってるんじゃないという事を理解した上で素直にきくべきだ」と言ってきた。とりあえず言われた事に全て「そうだね、そうだね、わかったよ。」と同意して聞いた。

 

数日前に3時間以上かけて私への文句と自分の主張をしたのに、そして話が終わってからまた一度戻ってきて「君の視点で見られるように努力してみる」と言いに来て終わったのに、それから何か起こる事もなく、突然また言われ始めたので、何でそれを突然今言い始めたのかと思い、目的と理由はなんなのか聞いてみた。まず、たった今発した言葉や会話、つまり子供達を着替えに行かせるための会話に関係してるのかと聞いた。すると「一体どう考えたらそれとこれが関係してるかもとさえ思うんだ?」と言われたので、「なら関係してないんだね、まずこれはクリアになったから、じゃぁ原因と理由は何?」と聞いたら、その私が一番目に聞いた事に標的を定めて文句を言い始めた。何でそんな発想になるんだ、君のその理解力の無さがいつもの問題になる原因だ、どういう理由でそう思ったんだ、と。

話の要点が変わってしまったのは承知だったのだが、それをスルーする事はまず出来ない事なので「私が前後の話を踏まえた上で話を理解したと私が思って話をしても間違えてる事が多いのは今までも何度も話に上った事でしょう。だから、確認したの」と説明すると、また責められるポイントを探して責めてきた。「じゃぁ、どうやったらそれが出来るようになるか、プランを教えてくれ。誰かに相談はしたか?」と。「だから、確認する事にしてるんだよ」と言ったら「いちいち確認される俺の気持ちを考えた事があるのか」ですって。そこから夫はもう止まらない。言いたい事を山ほど言ってシャワーを浴びに行った。

 

 

お風呂場に用事があったので私が入っていったらちょうどシャワーが終わり、そこからまた文句が始まった。とにかく子供達を学校に連れて行かねばならないので、裸のままずーっと私に付きまとって文句を私に当り散らす夫を金魚のフンのように連ねながら子供達に用意をさせて何とか家を出た。家を出てからも後ろから夫の文句を言う非常に攻撃的で大きな声が追いかけて来た。

 

子供達を送り用事を済ませ家に戻った。夫はいなかったがすぐに帰って来て庭で作業を始めた。家に入ってきた時に、「話せる?」と言って呼び止め、

 

「朝の事なんだけど、いまだに私なんであなたがあれを言ってきたのか理由がわからないの。だから聞こうと思って。私なんかした?前回話し終わったときあなた落ち着いてたし、後でわざわざ戻ってきて『君の視点で見れるように努力する』と言ってくれたりして、ちょっとポジティブだなと感じたんだけど。それから何も起きてないのにまたああいう事を言い始めたから、なにが原因かと思って」

と言ったら

「あれは文句じゃない、会話、だ」

と言うので、

「うん、だからなんで会話としてあれをいい始めたの?」

と聞いた。

 

ここで夫は「覚えてない、その前が分からないとわからない」と言った。

なので私はその直前に起きた事を説明した。そして、そうしたこうなってこうなって、と続けたら「俺は『前』、と言ってるんだ!」というので「だから、直前にこういう事が起きてこういう発言をしたんだよ」と言った。

そこからもう全く会話にならず。30分。

そこで夫は「覚えてない!と言ってるのに、君も覚えてない!と言ってるのに、始めからそういってるのに、なぜあの時点で俺の話を聞かないんだ、なぜしゃべり続けるんだ!」と言った。私は「私が覚えていない、というけど、私は説明したでしょ、その前にどんな会話をしたかとか、あなたがどう話し始めた、とか」と言ったら「お前が言った事で思い出すことは出来なかったんだよ、だからそう言ったじゃないか」と。ああそうか、「君も覚えてない!」というのは、「君が覚えていた内容では思い出すのに十分ではない」、という意味だったのかとそこで私が理解し、

 

「OK,わかった、今理解した、30分の時間、ありがとう、そして初めの方で、あなたが伝えたかった意味が理解出来ずにごめんなさい」と言って私は部屋に戻った。

 

するとちょっとして夫が部屋に来て、

「コミュニケーションとろうとしてくれてありがとう」と言いに来た。

 

それから

「どうしたらもっとうまくできた?」と聞いてきた。

そこから私が「君は覚えていない、の代わりに、君が覚えていた内容では十分ではない、という言い方をしてくれてたらもっと理解できたかも。君は覚えていない、と言われたので、いやいや覚えてるよ、と思って説明したんだから」と言ったら「だからそう何度も言ったじゃないか」とまた怒り始めた。この言葉遣いの違いというのは夫にはわからないようだ。

と、思ったが、真実は他にあった。夫は、私にあの発言をする前に何か他の事を言ってるはずだ、と思っているという事がそのあと判明した。私は、そんな理由説明のような発言がないままにあなたはああ言い始めたのよ、もしそういうような発言があったとしたら、何で私がわざわざ「なんの目的で言ってるの?」なんて聞くのよ、といつも夫が私に言う文章をふんだんに引用して返したら夫は泣きながら「わからないよ!何で存在してる言葉が存在していない事になるんだよ!」と言った。

 

これはよくある事だ。2014年にプチ欝に追い込まれるまでの数ヶ月、私は夫がいう事を鵜呑みにしていた。「俺は言ったのにお前が忘れた」「お前はこういったのに言ってないと変えた。嘘つきだ」「俺はそんな事言っていない」「お前は記憶力に問題がある」「お前とは会話が出来ない、だって物事をきちんと覚えないから」。

とにかく全てが私のせいであるという言葉達を毎日何時間も(よく言いながら疲れないもんだ)、しかも怒鳴り声を浴びせられた。そしてそれが私の自信を奪い、自分の価値を信じられなくなり、思想は自分否定で満たされ、最終プチ欝になり、数回のパニック障害を発症する結果となった。その時、夫が私の携帯を床に叩きつけて壊したり、その辺にあるものを壁に投げつけたり、家の中で身体で通せんぼをしたり(夫は『決して』、『手』や『腕』を私の身体に触れる事はしなかった。その代わりそれ以外の事をたくさんした。夫はわかっているのだ)、保育園に子供を送りに出なければいけないのに「俺が聞いた事に答えるまで家からは出さない」と言われたり、表通りに裸足で駆け出しDVヘルプラインに電話しようとしたら玄関の鍵を閉められたり、そういう事に発展していき、私は警察を2日連続で朝呼ぶ結果となった。

 

そこで婦人警官に、「あなたはね、行動を起こさなくちゃいけないの。警察はこんな事でいちいち人を動員するわけにいかない」と指導され、この家に夫と住むのか、住まないのか聞かれた。そこで「ここに住むのは怖いです」と言ったら「じゃぁ出なさい。数日家を空けるように夫に指示するから、その間に出なさい」と言われてそれでようやく私は誰かから強制的に家を出された。でもそうでもなかったら私は家を出るという選択は自分では出来なかったろう。

 

当時家への岐路でハンドルを握る手は震えるようになり、家では毎日息を殺して生活していて、夫の寝息が聞こえてやっと大きく息を吐く、という生活をし、冷静に物事を考える思考回路も凍結していた私は、別居のを初めてから少しずつまともな判断が出来るようになった。別居を始めた当初は「誰からも怒鳴られない毎日」がこんなにもこんなにも素晴らしいものかと心から思った。瞑想をし、読書をし、各宗教をネットで勉強し、命とは何か、を考え、そして、夫が言っていた事=真実ではない、という方程式を導きだした。

 

また同居に戻ってからは何度も録音をし、それを文字に起こす作業も夜な夜な何時間もかけてした。それにより、夫の主張する「俺はこういった」「たった今お前はそういったじゃないか」等々の言葉が正しくないという事実を知ることとなった。そして、夫が冷静さを失ってベラベラと主張する言った言わないやったやってない、に対してそれらを素直に信じなくてはならない理屈はどこにもない、私は私の記憶を信じていいのだ、という思いを持つ理由となった。

 

今朝の事も、結局全ての原因というのが、夫は原因や理由をきちんと話した、と思い込んでる事だった。結果でも、今この時点でそれがどうなっているかと言うと、「何であった事が無かったことにされるんだよ!何も覚えてなかったらどうやって会話をしろってんだよ!」と夫が泣きながら言いつつ部屋に行ったという所で終わっている。そしてこれは永遠に変わることはない。朝あの会話が初めから録音されて残ってる以外、彼の中での真実はこれなのだから。

 

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